自分で考えない事の重要性。

今回の話は、先日の内容に対する補足になると思います。
どうしてもこれだけは言っとかないとということがありまして、こないだは自分で考える事が重要だよと言いましたが、ちょっとだけアドバイスも大事やで、って話も入れ込んだんですけど、あんまり共感されなかった気がして…ちょい補足します。
自分で考えない事も重要なこともあります。
こないだの話と真逆やんけということですが、自分で考える必要がないとは自分で考えない。
すでに準備されていることは自分で考えず、残ったスペースを自分で考えることが大切だということが言いたいです。

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自分で考えることと、考える必要がないこと

どういうことかというと、世の中には便利なもの、真理がすでに分かっているようなこと。
世の中というのは真理がすでに存在していて自分で考える必要がないこともあるんです。

なんでこんな事を言っているかというと、こないだ母親がポテトサラダをつくってくれたんですけど、マズかった…
人からふるまわれたものとかはなかなかマズいとか、文句は言いませんが、
身内なんではっきりいいましたが、さすがにまずかったと言いまして…
普段はまずいとか言わないですよ!
身内なんで言ったんですよ!!
どんな作り方したのか聞いたんですけど、自分のなんとなくのイメージで作ってる、というのが母の答えだったんですけど・・・
父の話でも、母はそのタイプで、なんとなくのイメージでそれっぽいものをつくるという…
それはそれで1つの能力かもしれませんが、答えは、「プロの料理人がつくっているような、誰もが美味しい」というポテサラです。
それをマネしたら、すごくおいしいと言ってくれるのに、わざわざ自分でレシピを考え、しかも、あんまり外でポテトサラダを食べないので、元を知らないから、それがまずいとも気づいていないです。

でも、いろんな考えを取り入れよう、とも言いたい

そこで、ひとりよがりな考えというのは、危険。という話です。
効果測定というのはしっかりやらないといけない。
ここでいう効果測定は、僕に食べさせて、意見を聞くということです。
でも、レシピはいたるところの存在していて、いろんな料理人とかの様々なレシピがあるのですが、なんでそれを見ないんだい!?
という質問をしましたが、下処理にちょっとしたミスとかが積み重なって、例えば水が切れてないとか、火が通りすぎてるとかそういう事が積み重なってまずくなっていくんです。

先人がすでに色んなレシピを作ってくれているなら、それを少しリスペクトしようぜ!という話です。
たとえばポテサラなら、熱いうちに皮をむくのはなぜなのか、とか。
そういう事ってすでに調べたら分かるんですよね。
それなのに自分で調べずつくっちゃうなんて…

真理・正しいもの、ベースになるものは、基本的に1つです。

例えばですけど、レシピを一切調べずに料理をつくって、それがどんな味になるか実験してるとかが趣味ならべつですけど。
考えること・考えない事をしっかり分けて考える事が重要です。
何も調べないで、スマホとか図書館とか、そういうのも使わないで調べるのはちょっと黄色信号です。
でも、ネットの情報を鵜呑みにして、あんまり偏っちゃうのも問題で、誰か権威のある人の意見が正しいとも限らないんですけど、複数の人が言ってることが真実であることが多いです。
例えば英会話とかでも、すべてのレッスンプロが、同じコツを教えてくれるわけではないんですが、共通してることってあるんです。
インプットとアウトプット両方すること、とかね。
たとえばインプットだけする、みたいな事を効果測定してみる価値はあるかもしれませんが、アウトプットもバランスよくやっていくことが、英語上達への近道なのははっきりわかっています。

1からなんでも考えるのではなくて、すでにでている真理は踏まえた上で自分で考えることが重要です。

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